“歩くこと”が紡ぐ、この町でのくらし

中島 悠二さん
神奈川県⇒東京都⇒楢葉町
東京の大学で写真を専攻し、建築の教育現場で働いたのちフリーのカメラマンに。 2021年8月、カメラ繋がりで知った楢葉町へ移住し、現在は「ふくしま浜街道トレイル」を管理・運営するNPO法人 ふくしま浜街道トレイルアソシエーションの代表理事に就任。
ココに来るまで
“トレイル”との出会い
生まれは神奈川県の川崎市で、大学で写真を専攻した後、他の大学の建築学科のスタッフとして5年ほど働きました。そのあと、アシスタントなどしながらフリーランスのカメラマンになりました。 なので、ずっと都会の生活です。こっち (福島県)に来るなんて思ってもなかったですね。
あの震災(東日本大震災)の日も東京の自宅にいて、かなり揺れました。写真という仕事をやってれば、大体ああいう局面に出くわすと現地に「行く」か「行かないか」でみんな自問自答すると思います。その状況を写真に残すかどうかっていうので。 当時は「自分は(撮りに)行かない奴だよなぁ」と思ってました。何か焦燥感にあおられて行くのもヘンだし、とりあえず行かないでイイや。って感じだったんですよね。
そんな中で、職場の上司が元山岳部OBだったり、付いて学んでいたカメラマンが信州の安曇野へ移住したりと、山を歩く機会を持つようになりました。 2014年にはアメリカのロングトレイルであるジョン・ミューア・トレイル(※1)をひと月かけて歩きました。アメリカを歩いてから4年後に 「みちのく潮風トレイル」(※2)の撮影仕事が来て、いよいよ 「被災地」に訪れることになりました。岩手の大船渡だったんですけど。その時は「おー、とうとうきたか」って感じでしたね。(被災地を)どこかでうっすらと意識し続けていたのですね。
福島県、そして楢葉町へ
“自分”を見つめ直す
“みちのく潮風トレイル”の仕事を通して、東北沿岸部のあちこちに行きました。津波の爪痕と復興の様子をはじめて目の当たりにし、地域の人々と交流していくうちにだんだんと東北に縁が出来ていきました。
2019年にみちのく潮風トレイルが全線開通するとともに、だんだんと原発事故の避難解除が進んできた福島の沿岸部でも相馬から更に南につなぐルートの構想が高まってきました。
それが今の「ふくしま浜街道トレイル」(※3)になります。
最初に福島を訪れたのは2020年の4月で、ちょうどコロナの流行が始まったタイミングでした。コロナの流行も移住を検討する大きなきっかけになりました。
撮影は”対人”ですから仕事はほとんどなくなりました。閑になって家でひとりで過ごしていると、40歳手前の節目ということもあって、自分の人生やキャリアを強制的に振り返るきっかけになり、ここらで変えてみようかな、と見つめ直す機会になりました。
福島県に最初に訪れてから半年後には移住を検討しはじめて、いろいろな人たちに「移住したいんです!」「家、どこかで借りれますかね」と訪ねてまわりました(笑)
そうしたらちょうど紹介してくれる人が現れまして、それが今の住まいとの出会いになりました。
おかげでとんとん拍子に話が進み、2021年の8月にはもう楢葉町に移住していました。

楢葉町に来てから
新天地で、新しい拡がり
移住してきたばかりの頃は「いままでやったことないことやりたい!」と思って、近くの工場にアルバイトへ行ってみたり、子どもたちの遊び相手になったり、人生にはなかった時間を満喫していました。
そのうちに地域で新たにいただく撮影仕事もだんだんと増えていきました。
取材仕事をきっかけに地域のプレイヤーと出会うことで、交流が生まれ、そこでトレイルの話をきいてもらったり、それがまた次の動きにつながったり、自然と新しい広がりが生まれていったように思います。
最初はいわゆる“田舎っぽいゆっくりした生活”ができるかと思っていましたが、日に日に どんどん忙しくなってしまいました(笑)
ほかにも、アルバイト繋がりから町の商工会(青年部)に加入したり、kashiwaya(※4)のイベントに参加したり、東京にいたころとは違うかたちで”人とつながってゆく”ことが楽しくなりました。
いま思えば、東京での仕事は単なる”出入り業者”でしかなかったと感じています。仕事上の付き合いがあるだけで、それ以上はない。
こっちは人の数も環境も限られているだけに、コミュニケーションの質も量も違いました。
東京都とは違って趣味や背景の違う人と出会う機会が多くあって、それがとても新鮮です。

“いま”と“これから”
「次は自分が」誰かの支えに
いまは「ふくしま浜街道トレイル」を運営するNPOの代表理事をしています。
ただ、『歩く』と『運営する』は全く違って、自分でできることにも限界があるので、仲間のみんなに協力してもらいながら、イイ感じに進めていきたいなと思っています。
それと、これまで一人で好き勝手に生きてきたのもあるので、これからは多少は誰かの役にたてたらいいなと、そういう気持ちがこの年になってようやく芽生えてきました。特に身近なところで新しいことにチャレンジしようとしている人や、お店を立ち上げようとしている人の力になれたらいいです。
今の生活については、新しい環境で『自身と向き合う時間を持てている』ことや『人との関わりがどんどん拡がっている』という点でかなり満足度が高いです。
生活する場所が変わることで、いろいろな新しい発見とか、いままで思い込みがあったことなどもよくわかります。
だから(自分の様に)首都圏しか住んだことない様な方には、移住を凄くおススメしたいです!

※1「ジョン・ミューア・トレイル」:アメリカのカリフォルニア州内を、ヨセミテ峡谷(ヨセミテ国立公園)からマウント・ホイットニーまで、340キロメートルにわたって縦走する長距離自然歩道。
※2「みちのくしおかぜトレイル」:2019年に全線開通した、青森県八戸市から福島県相馬市まで全長1,025kmの長距離自然歩道。
※3「ふくしま浜街道トレイル」:2023年に開通した、福島県浜通り(新地町からいわき市まで)の約200kmを一本で結ぶ長距離自然歩道。
※4 kashiwaya:楢葉町が運営するシェアハウスと食堂。”お試し暮らし”ができる。
※2024年にインタビューを行った内容を掲載しております。